『国境なき劇団 お話会 Vol.1』アーカイブ動画公開/2024年2月23日
2023年6月4日に開催した『国境なき劇団 お話会vol.1』のアーカイブ動画を公開しました。
お話会の詳細は、活動記録ページをご覧ください。
「お話会を終えて」
月刊WING HOT PRESS 2023 10月号【寄稿文】
国境なき劇団 共同代表 八巻寿文
「チャクーンジャ!チャカ!テロロテロロテロ(チーン)」リトルウィングのイントロをわざわざ文字で書かなくても良いんだが、無人島に一曲だけ持ってゆくならこれだと思うほど、とことん好きだ。
東北の仙台から「大阪ウイングフィールド」ってかっこいいな、と思っていた理由は、少なからず「ウィング」の響きを聞くたびに曲が脳内再生され胸がときめくからだ。そんなことを誰かに話してもしょうがないとずっと思っていた。
6月4日、ウイングフィールドの屋上で、一緒の出番を前にオーナーの福本さんと「紫の煙(Purple Haze)」をふかしながら、ウイングフィールドのウイングはリトルウィングのウイングだと聞いたときに、言葉を飲み込み30センチほど浮いて人生の至福に感謝した。
出番というのはピッコロシアターの田窪さんと三人での「お話し会」だ。田窪さんと肩の荷を下ろした素の状態で話す機会は初めてだったのかもしれない。
記憶に張り付いた絵は、すさんだ野戦病院で見上げた「大丈夫ですよ」と覗き込むスクリーンいっぱいの田窪さんの微笑みであり、その背景はいつも東日本大震災という黒色の戦場だった。「お話し会」の冒頭で、ウッとこみ上げる瞬間がありこらえたが、泣いてしまえればかなり気持ちよかっただろうと思う。
三人での「お話し会」は、震災後にたくさん企画された「シンポジウム」でも「討論会」でも「報告会」でもない。何の「お話し」なのかも決めていない。これまで意外に無かったスタイルの言い出しっぺは「国境なき劇団」の、共同代表の松岡優子(熊本)で進行がののあざみ(大阪)だから、震災に関連する話題なのは当然だが、震災中心にスタートするわけでも震災に終始するわけでもなく、それでも震災を機にそれぞれの経験を宿した三人のお話し会だった。
三人の共通点は、役者でも演出家でも劇作家でもなく演劇が生まれる場や空気に対して、もろ手を広げて抱きかかえている容姿だろう。微妙で意外なそれぞれの差異や、語る機会が無かった心境や背景について、たくさんの方々のお名前も自然に出たと思う。
お話しをするにも聞くにも、どこをつまんでも1トンを超える質量の話があふれ出てしまうから、この際、枝葉はともかく幹だけでもと触れていた気がする。
「お話し会」はゼッタイこれだ!と思ったものの、その理由をまったく説明できなかった。被災直後に現地で満開の桜を見た福本さんがARC>T白書に寄稿して下さった文章だ。
「・・・人々の受難とは別次元の北国の春の余りの美しさを目にした。禁断の風景を見てしまった罪悪感は今も心に重い」
この一文は特に、現地に立った人間でないと書けない「確かさ」を隠している。 日常がバラバラに破壊され泥のモノクロばかりが広がる足元のすべてと、見上げれば晴れ渡る青空に咲き誇る桜とが、どうしても一枚の絵に収まるはずがない戸惑い。それどころか、見てしまった罪悪感さえ残る。でも、たしかに絶望の中でも美しさはあったし、多くを失っても笑顔が出た瞬間はあったのだ。
「美しい」とは言えない苦しさは、被災した人間も口にできない、とても語りにくい体験だが、心に重い蓋をしてそれに気づかなかったか、気づかないふりをして来た。
いま、もう責めずに「美しい」と思っていいのかもしれない。あの日から「こんな日が来るとは考えられなかった」と立ち尽くす遠景の思いに、感謝がやっと追い付けそうだ。