30年後|田窪哲旨

たとえ一人ででかけたとしても、劇場へ行って、お芝居を観て、その帰り道、なんだか一人ぼっちじゃないという気持ちになっていることに気づくことがあります。きっと客席の見ず知らずの観客たち、そして舞台の上の生身の俳優たちとの濃い時間の共有を経験した後だからだと思います。

演劇ワークショップでは、言葉と身体を使って「対話」して、相手の思いや考えを知り、自分の思いや考えを伝え、そしてみんなの強みをいかして、みんなの弱みを認め合って、濃くてあたたかい交流の時間をつくる。そんな時間を通して、みんな前より少し元気になっていたり…。その「少し元気に」を、お金や数字で示すことはなかなかできないのですが。

これまで数々の公演やワークショップの現場に立ち会い、演出家や俳優など、演劇人は「対話」のプロだと知らされました。演劇人だからできることがあるんですねと、ワークショップなどで協働してくださっている方々からもたびたびおっしゃっていただきます。

先日、大阪のテレビ局のニュース番組が、兵庫県立ピッコロ劇団の「阪神・淡路大震災被災地激励活動」について取り上げてくださいました。29年前、52か所の避難所を「ももたろう」と「大きなカブ」のお芝居をもってピッコロ劇団は回りました。劇の途中で子どもたちも登場人物になる参加型のお芝居です。多くは避難所となった学校のグラウンドで行われました。

当時のニュース映像と、その映像の中で笑っていた6年生の男の子。30年近くの年月が過ぎて大人になった彼が、懐かしそうに「当時勇気づけられたということを30年たった今、思い出せるということは、その時はよほど楽しかったんだなと思います」とテレビカメラに向かって話してくださっていました。

当時の劇団員たちは、「いいことをしに行く」なんて意識はなかったとききます。むしろ毎回、受け入れてもらえるのか、演劇以外のやるべき他の仕事があるんじゃないのか、思い悩みながらの日々だったと。正解はないのかもしれません。

当時の新聞に掲載された8歳の男の子のコメントです。たぶん「ももたろう」で鬼を退治したのでしょう。「鬼にけりを二回、パンチを一発入れてやって、すっきりしたわ。家が壊れて悔しかった気持ちが、ちょっとひっこんだみたいや」。

40歳手前になったこの男の子は、今、どうしてるのかな、と思います。

田窪哲旨
・兵庫県立尼崎青少年創造劇場ピッコロシアター
・劇団部長